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APSシステムだからこそできた超小型・高画質のTIARAix 

APSシステムだからこそできた超小型・高画質のTIARAix
●0 TIARAix 特別KITEPION1000MRC TIARAix 限定特別KIT

ローライ35(幅97㎜、高さ60㎜、奥行き32㎜)が1967年に発売されたときは、とても小さいカメラとして、センセーショナルなできごとでした。
●ROLLEY35ROLLEY35S

一般向け高画質カメラとしては、これ以上小さなカメラはでないだろうともいわれていた。

APSシステムが市場に導入されてから2年後、富士フイルムが、1998年7月に、幅84㎜、高さ52.5㎜、奥行き28㎜の超小型、高画質、お洒落なチタンボデイのEPION1000MTC TIARAixを発売した。
●1 EPION 1000MRC TIARAix(試作品)EPION1000MRC TIARAix 試作品
●2 EPOIN1000MRCTIARAixDSC_0108EPION1000MRC TIARAix

このTIARAixは、欧州ではFOTONEX1000ixMTC TIARA 米国では、ENDEAVOR1000ix MRCとして発売され好評だったようだ。
●3 FOTONEX1000ixMRC TIARAFOTONEX1000ixMRC TIARA
●4 ENDEAVOR1000ixMRCDSC_0689ENDEAVOR1000ixMRC

当方も、現役時代には、常にバッグの中にしのばせて、いつでも撮影できるようにしていたものであったが、現役を離れるや、一眼レフオンリーとなり、手元からはなれていってしまったが、APSシステムのカメラの中では名機といっても過言ではない。
●7img680●8img681●9img682

TIARAixは、50000円で発売され、その高級感にひかれ、BARNEYS NEAYORKからの引き合いもあり、台数限定で特別モデルが、BARNEYS NEWYORKのブランドで店頭で販売された。
●5 BARNEYS NEWYORKBARNEYS NEWYORK

当時は、富士フイルム製カメラのコレクターでもあったこともあり、出張で上京したおりに、定宿としていた横浜のホテルの近くのBARNEYS NEWYORKのお店に立ち寄って、いろいろと質問してみたら、最後の1台とかいわれて、衝動的に買ってしまった。

また、サンリオからも、25th UNICORN KITTYとして、限定的に販売されたとのことだが、どこで販売されたのかわからない。
●6 サンリオ 25TH UNICORN-KITTYSANRIO 25TH UNICORN-KITTY

また、同年年末需要をむかえ、女性ユーザー層にひろげる目的で、アルミボデイによる軽量化を図り、シャンパンゴールド色を採用したEPION1010 TIARAixGを37000円で発売した。
●10 EPION1010MRC TIARAⅸGEPION1010MRC TIARAixG

このTIARAixGは、特注で特別色の機種の受注もおこなったが、それほど、期待した実績とはならなかったようだ。
●11 EPION1010MRC TIARAixGレッドEPION1010MRC TIARAixG RED
●12 EPION 1010MRC TIARAixGブルーEPION1010MRC TIARAixG BLUE

APS[アドバンスフォトシステム]登場 

APS[アドバンスフォトシステム]が期待されて登場

●NEXIA

全世界の70%の市場を抑えていたからできたといってもよいくらい、コダックが新しいシステムを発表しては、先駆者利益を上げていた。

しかしながら、コダックが開発した「DISCシステム」は惨憺たる結果におわったこともあり、コダックは、富士フイルム、キヤノン、ニコン、ミノルタの5社共同で、APS[アドバンスフォトシステム]を開発し、1996年4月発売された。

デジタルカメラが市場に出回り始め、デジタルカメラの普及に欠かせないパソコンも、Windows95の人気から急速に普及し始めていた時期でもあり、フィルムの装填ミスを少なくすることと、プリント時の利便性を高めることにより、フイルムカメラ市場を守っていこうという考え方もあったから、コダックと日本の主要カメラメーカーとが、一堂に会して開発できたと考えられる。

そして、そのAPSシステムには、画像と別に磁気での情報保存が出来るシステムが搭載されたにより、日付・時間、プリントサイズ・枚数指定、コメントなどを記録しておくことができるという広がりがでてきた。

そのほかに、カメラが より小型化ができたり、フィルムの装填が容易で、且つ途中でのフィルム取り出し、交換が可能で失敗が少なくなった。
また、フィルムカードリッジが使用か未使用、もしくは現像済みかどうかまでわかる仕組みとなった。
●img685●img686
●img687●img688
・・・・以上 富士フイルム セールスマニュアルより転載・・・・

しかしながら、良いことづくめというわけでもなく、現像後は、カートリッジとインデックスシートとともに戻ってくるため、従来のネガシートになれた消費者からの不満は絶えなかったといってよい。

デジタルカメラ普及の勢いがとまらず、結果的には、APSシステムは消滅し、2011年7月には、APSフィルムの生産は中止されてしまったので、15年で、フイルムカメラは35㎜フィルムに戻ってしまった。

今日では、「APS-Cサイズ」という呼称がのこっているが、なんら、「APSシステム」とは関係なく、センサー(撮影素子)の開発の中で、効率的なサイズが、APS-Cサイズに近かったからということにしかすぎない。

APSシステム発売にあわせ、カメラメーカー各社は競って、初心者向けからカメラ愛好者にむけての品ぞろえをしての発売にふみきった。

富士フイルムも、例外ではなく、国内海外に向けての品ぞろえをし、年々、レベルアップしていったものである。
ここでは、富士フイルムの初心者向けAPSシステムカメラ「エピオン10」をご紹介する。
●001img698●002img699

●003 フジフイルムEPION10-国内発売された EPION 10
●005 FUJIFILM FOTONEX10-欧州市場向けの FOTONEX 10
●004FUJIFILM ENDEAVOR10 img697米国市場向けの ENDEAVOR 10
●009 フジフイルム EPION10 グリーンメタリック富士フイルム会長・社長就任パーティ―引き出物に使用
●008 フジフイルム EPION10 パープルメタリックEPOIN10 パープルメタリック
●007 フジフイルムEPION10ミステリーパールEPOIN10 ミステリーパール
●006 フジフイルムEPION10チェリーピンクEPION10 チェリーピンク
●010 フジフイルム ハローキティエピオンハローキティ エピオン
●011  フジフイルムEPIONハーゲンダッツエピオン ハーゲンダッツ
 ※ ハーゲンダッツに限らず、広く企業のプレミアム品としても採用された

短命だった「DISCシステム」 の話 

短命に終わった「コダックDISCシステム」の話
●Kodak_Disc_

今年も明日でおしまい。

ここのところの立て続けの降雪、毎朝、冬の運動だと思って、せっせと、2-3時間の雪かきをしながら、お正月3が日くらいは、雪も降らず穏やかであることを祈りつつ・・・。
一昨日も、もちろん早朝から雪かきをしていたら、通りがかった方から、ブログをかいているのはあなたですか?・・と。

興味をもってみているのですが、親からもらった「DISCカメラ」は、今使えるのでしょうか・・・とのお問い合わせをいただきました。
一応は、おこたえしたつもりですが、通勤時間との関連もあるでしょうから、「DISCカメラ」について、ブログアップしましょうと、約束をしました。

ということで、今回は、短命に終わった 「DISCシステム」 のお話を・・・・。

イーストマン・コダックは、110フィルムの次世代フィルムとして、1982年2月 画面サイズ8.2mm×10.6mm・15枚撮りのKodak Disc Filmを発売。

Kodak Disc Filmは、これまでのロールフィルムをベースとした製品展開とは全く異なり、直径64mmの円盤状フィルムを回転させて8.2×10.6mmサイズの画面を15枚撮影出来る方式。
●KODAK DISC FILM KODAK DISK SYSUTEM

●3000●4000
●6000・●8000i

カメラの薄型化小型化による軽量化、フイルム入れ替えの簡素化などの利点があったのは事実で、コダックは、ワールドワイドで約1000万台のディスク カメラを販売したと報じたものの、2~3年で市場から姿を消してしまった。

1000万台というのが、真実か否かはわかりかねるが、2~3年で市場からきえていったのは、フイルム面積の小ささによる画質の低下、カメラが薄すぎることによる安定感不足によるカメラぶれ、内臓バッテリーの交換はメーカーにカメラ本体ごとわたさなければいけないなどの不評も買ったということではないか。

日本国内では、ミノルタのみが国内海外販売に踏み切ったものの、他のカメラメーカーはというと、海外、特に欧米市場向けに、富士フイルム(フイルム・カメラ共に)ならびにコニカ(フイルム発売はせずカメラのみ)が参戦した。
●FUJI DISC FILM●FUJI DISC KIT
●FUJIDISC 50SILVER●fujidisc50-001
●FUJIDISC 70SILVER●FUJIDISC 70BLACK
●Konica_Disc_15

ミノルタカメラがディスク カメラシステムの採用に踏み切ったのは、女性層の需要喚起を狙ったということで、人気デザイナーのアントレ・クレージュにデザインを依頼したディスクカメラ「ミノルタ クレージュac101」を発売し、ピンク、グリーン、ブルーのカラーバリエーションをそろえ、注目を集めた。
●minolta_courreges-ac101-vert_-1●minolta_courreges-ac101-rose_-1
●minolta_courreges-ac101-bleu_-1

また、上位機種の「ミノルタディスク5」ならびに「ミノルタディスク7」を発売し、自撮り撮影ができるよう、フレーミングミラーをカメラ本体に装着。
また、「ミノルタディスク7」には、自撮用の「エクステンダー」を製品に組み込んで発売。
●ミノルタDisc7自撮り棒 ●ミノルタDIDC7キット

この「エクステンダー」は、ミノルタが、アメリカで特許を取得したが、商品が普及せず、1993年に特許権が失効し、スマホの普及とともに、韓国企業がこの「エクステンダー」に目をつけて「自撮り棒」として普及発展させていった。
ということで、「自撮り棒」の本家本元は日本生まれということ。

ディスクティルムは、従来のロールフィルムとは全く形状が異なる為に、フイルム現像処理設備及びプリント機器も新たな設備が必要となり、コダックの対応は、もとより富士フィルムも現像処理先への専用処理設備の供給を開始したものの、現像所は仕方なしに設備投資をしたというのが、実態ではなかったのではないか。

発売して10年ももたずに、市場から姿を消し、製品の製造も追っかけるように中止され、2000年1月には、現像処理サービスも中止されてしまった。
コダックは、126インスタマチックシステム、110システムでは先駆者利益もあったが、DISCシステムでは惨憺たる結果に終わってしまったということでしょう。

※ついでに裏話
当時 富士フイルム販売会社に籍を置いていた当方に、トップから、DISCカメラの試作品をわたされ、このカメラシステムを国内販売をするために、全国での現像プリント処理体制についての方策を考えろ・・との指示があり、どう考えてもフイルムの小ささだけ以外に、現像所の設備投資を考えたら、難題と思い、その場で、「不可能なこと・・」と、断ったら、大目玉を・・・。

その場は引き下がったけれど、富士フイルムのDISCカメラシステムに採用されるのと同じフジカラーHRフイルムを使って、一眼レフカメラで、ほぼDISCカメラで撮影したのと同じくらいの画面サイズを想定して、絞り込んでピントがシャープな状態で撮影。
そのあとで、DISCカメラで撮影したのと同じくらいの原版にトリミングした状態でプリントをつくり、再度トップに、そのプリントを見せて説明したら、不機嫌そうな顔をして、わかった・・と。

それ以来、DISCの話はなく、ホッとしていたら、海外発売の発表がされたのには、おどろかされた。
DSC_3458.jpg

「写ルンです」 の話 

「写ルンです」 の話

・lf3DSC_0789
前回のブログで110カメラシステムの「ポケットフジカ200」について、紹介しましたが、110システムが発売されたことによって、「写ルンです」が開発できたといっても過言ではないと思います。

「写ルンです」は、単玉レンズでありながら、プリント品質をどこまで、たかめることができるのかという技術的なチャレンジをして商品化され、開園して間もない東京ディズニーランドに写真業界関係代表者を全国から集め、発表会と合わせての撮影テストを開催し、その場で、それぞれが撮影して出来上がったプリントの品質に参加者一同驚嘆したものでした。

ここ、数年「写ルンです」が、若い方々を中心にしてヒットしてきているとの話題があちこちで取り上げられているのはご承知の通りです。

でも、その画像を拝見するとデジカメにない面白さがあるとのことで、アンダーネガの写真やオーバーネガの写真がもてはやされているようです。
そして、プリントは要らない、デジタル化したデータだけで良いと言う声もきかれるのは残念なことです。

デジカメが、スマホが、鮮やかで、コントラストのついた見た目、きれいで、失敗のない写真が撮れるからなのでしょうか・・。

写真業界にドップリ浸かってきた当方にとっては、アンダーネガの写真、オーバーネガの写真の良さを知れ!といわれても理解しにくいのが実情です。

このことを議論しても結論が出るわけでもありませんので、あえてこれ以上はふれませんが、ここでは、「写ルンです」の生い立ちについて、ふれてみたいと思います。

富士フイルムが芽生えカメラとして、「FUJIPET」を発売し、子供たちに写真に興味を持ってもらいたいと市場導入をしたのが、今から60年前の1957年(昭和32年)のことでした。
・FUJIPETDSC_0434

この斬新なカメラを富士フイルムの依頼で設計開発したのが、甲南カメラ研究所 西村雅貫所長と、デザイン開発をしたのが、東京芸術大学 田中芳郎教授でした。

そして、この甲南カメラ研究所が、1950年代に、20㎜幅フイルム(画面サイズ15×24㎜)を使用した「fimera」という使い捨てカメラを富士フイルムに売りこんできました。
・LF FIMERA 1950

そして、さらに、1963年に、「ECHO」なるカメラを第2の試作品として、もちこんできました。
・LF ECHO 1960

いずれも、商品化しようとの動きは出ずにいましたが、1980年代に入ると、富士フイルムは、「ナイスショット」という使い捨てのカメラを開発しましたが、日の目をみることはありませんでした。
・LF ナイスショット(写ルンです試作)1980

そして、110フイルムの発売とともに、開発された超微粒子フイルム「フジカラースーパーHR100 ポケットフイルム」を組みこんで、カメラではない フイルムにレンズがついた レンズ付きフイルム「写ルンです」が、1986年に発売されました。
・lfDSC_0791
・lfDSC_0790
・lfDSC_0792

「写ルンです」のパッケージデザインは、メカ好きの男性をターゲットとした「フォトジャック」、若者向けを意識した「ピッコ」、「スーパーHR100のフイルム」のパッケージ風のデザインの3タイプが同時に発売されましたが、結果的には「スーパーHR100」をデザインしたものが他に対して圧倒的な売上を記録したこともあり、以後のモデルのパッケージは「フイルム」のデザインを踏襲してきています。

当初は、110フイルムの販売の一助にでもなればとの軽い気持ちで、発売したものの、発売するや意外にも、いつでも、どこでも、気軽に素晴らしい写真が撮れるということで、写真店店頭はもとより、観光地などの売店に加えて、企業などのプレミアム品など、市場で受け入れられました。
市場からは、35㎜フイルム使用の「写ルンです」の発売要望が殺到し、翌年の1987年には、ISO400 35㎜フイルムを採り入れた「写ルンですHi」を発売するとともに、フラッシュ内臓の「写ルンですフラッシュ」も発売され、「写ルンです」市場が形成されていきました。
・lf-hiDSC_0797
・lf-hiDSC_0798 海外市場向けの[Quick Snap]
・LFFDSC_0817 当初はファインダー部分に透明のフイルムが貼られていた
・LFF flash

その後は、新たな研究開発成果を組みこんでは、頻繁に新たなモデルを導入したり、100%資源リサイクルにチャレンジしたりして、急伸してきた「写ルンです」も、デジタル化の勢いにおされ、意気消沈していたのは事実です。

近年の「写ルンです」復活に合わせて、アニバーサルモデルが発売されたりして、かつての実績には程遠いいものの、「写ルンです」の地位を築いていっているのは喜ばしいことだと思います。
・DSC_0932 記念バージョンとして発売された「写ルンですカバー」

・lapotaDSC_0919
1996-7年頃、大人の少年雑誌と銘打った小学館発刊の「LAPITA」(10年前に廃刊)の付録についた「写ルンですカバー」


ポケットフジカ200 3兄弟 

ポケットフジカ200 3兄弟
●1 200シリーズDSC_9949

富士フイルムは1975年(昭和50年)3月1日に、「ポケットカメラシリーズ」 を発売。
その時に市場に出てきたのは、フイルムのほかに、「ポケットフジカ200」 をはじめ、計5種類のカメラが発売されました。

ポケットシステムは、コダックが、1972年導入した110フイルムシステム(画面サイズ13×17㎜)に追従した形となりました。

発売と合わせ、最近、いろいろと話題をなげかけている、ジュリーをイメージキャラクターに採用して展開をされました。
●2 200パンフimg674

その、もっとも初歩的ともいわれる機種、「ポケットフジカ200」ですが、メーカーの記録にも残っていないといわれている機種を含め、「ポケット200 3兄弟」 として、紹介させていただきます。
●3 200シリーズ DSC_9960 
●4 200 DSC_9955発売時の正規のポケットフジカ200

●5 200 DSC_9957どのよう形で、発売されたかわからないポケットフジカ200

●6 200 DSC_9959海外向けに 発売されたと思われるポケットフジカ200F

なお、ポケットフジカ200にフラッシュを装着すると
●7 200flashimg675

ポケットフジカ200Fにフラッシュを装着すると
●8 200F flashDSC_9961


コダックは、写真需要の拡大とあわせた撮影の簡素化と、競争会社との差別化ならびに先駆者利益をえて、市場での優位性をはかろうと、フイルムのサイズをかえるとともにカメラを新発売してきました。

大きくは、1963年に発売した126システム(インスタマチック・画面サイズ26×26㎜)が、はじまりでした。
●126フィルム

そして、今回の110システムです。
●Kodacolor-II 110Film

そして、さらには、1982年にはディスクシステム(画面サイズ8.2×10.6㎜)と、約10年毎に新しいシステムをカメラとともに発表してきました。
●コダックディスク

そのたびに、各カメラメーカーは追従したり、しなかったりをくりかえしてきました。

その後は、デジタル化をみすえて、APSシステム(Advanced Photo System)を、富士フイルム、イーストマンコダック、キヤノン、ミノルタ、ニコンの5社によって共同で開発された「世界標準規格の新しい写真システム」として、1966年4月に販売が開始されました。
●aps_films

画面の露光面積は16.7×30.2mmで、縦横比が従来の各種フィルムと比べて横長 (9:16) なのが特徴で、その基本サイズの左右または上下をプリント時にトリミングすることで、35mm判の通常サイズ (2:3) とパノラマサイズ (1:3) に対応するプリントが、可能となりました。